佐賀県の南西部に位置する「太良(たら)町」。海に面しながらも、東部には標高996mにも及ぶ多良岳がそびえたつ、自然豊かな町です。町全体が有明海に面しており、最大6mにもなる干満差を感じられることから、キャッチコピーは『月の引力が見える町』。
そんな大自然の宝庫・太良町で、みかん農家を営む「早津昌俊」さんにお話を伺いました!
普段、何気なく食べているみかんですが、想像以上に深く神秘的な生き物だということを知るきっかけになり、わたし自身もみかんに対して深い興味が湧き思わず感動……。
みかん農家の経営事情から、佐賀県・太良町への思いについてもお聞きしているので、どうぞ最後までお読みいただけると幸いです。
早津昌俊(はやつ まさとし)
1970年6月生まれ
早津みかん園代表/佐賀県農業士
佐賀県藤津郡太良町出身。小さいころからみかんと共に暮らし、「ゆりかごはコンテナ」。一度は都会で働くも、太良町へUターンし家業のみかん農家を継ぐ。全国各地にファンを持ち、特にオリジナルみかん「おひさまおれんじ」は毎年好評を得ている。2019年より佐賀県農業士認定。太良町だけでなく、佐賀県全体の農業発展のためにこれからも活躍していく。
聞き手:末次ゆう
写真:末次ゆう・鵜飼優子
【インタビュー実施日:2019年8月2日】
目次(タップで移動)
早津みかん園の規模について
ーー 本日はよろしくお願いいたします。さっそくですが、簡単に自己紹介をお願いします。
早津 よろしくお願いします。早津です。ここ太良町でみかん農家を始めて28年目になりました。
ーー ありがとうございます。現時点でのみかん農園の広さはどれくらいなのでしょうか?
早津 みかん畑は230a(アール)。東京ドームに換算すると、東京ドーム半分くらい。
その中に、大小合わせて約2,000本の樹があります。一番新しいので4~5年生。一番古いので60年生。種類でいうと、販売用で13種類になりますね。
ーー 他の個人の専業農家さんと比べると、230aという広さは広い方なのでしょうか?
早津 みかん専業でやっている個人農家さんと比べたら、あまり広くない方です。どちらかというと狭いかな。広い人は700aという方もいらっしゃいますもんね。みかんの個数も多くもない。
ーー 単純に、広ければ稼げるわけでもないのでしょうか?
早津 20年くらい前からみかんの相場が全国的に不安定になってきているんですよね。単価が右肩下がりになって。その中で、量だけではなかなか経営が難しくなってきたので、「量より質」を求める方向にシフトしました。
みかん農家になったきっかけ・「ゆりかごはコンテナ」
ーー みかん農家になったきっかけやこれまでの経歴をお聞きしてもよろしいでしょうか?
早津 生まれた時からみかん畑で育ったんですよね。「ゆりかごはコンテナ」ですよ(笑)
遊び場も学び場もみかん畑ですね。「勉強はするな」と言って育てられました。ある意味、そのころからずーっとみかん農家になるように育てられたんですね。
でも、そういう親の期待が嫌で。一度は世間を見たかったので外に出ました。違う世界も見てみたかったし。
たまたま土木の勉強をしていて、運よく福岡県の土木事務所に受かったので、そこで道路を作っていました。公務員として3年間。
ーー そこから佐賀へ戻ってくることに。
早津 19歳・20歳のときに両親が亡くなったんです。小さい頃からみかんに囲まれた環境で育っていますので、これ(みかん)を捨てるのはあまりにも……。
選択を迫られたわけですよ。なるようにしてなったんだと思います。そういう風な、運命だったんでしょうね。
ーー ご両親が立て続けに……。
早津 そうです。父には、小さい頃からみかんの作業に関することを一通り教えてもらっていたので、学生の時点で立派な労力になっていました。
人生にも大きな影響を与えた「師匠」との出会い
ーー みかんの全てを教えてくださっているお師匠さんとの出会いのエピソードをお聞かせください。
早津 最初の出会いは、地域にみかん農家のグループがあって、そこの指導者としてグループに来られたんです。みかんの肥料はこういう風にやるんだよ、みかんの生理と生態はこんな感じなんだよっていう風に、指導者として来られて。
そこで一目ぼれしたというか、「この人についていけば大きくは間違うことはないな」と思ったわけです。
ーー はい。
早津 その方(師匠)の基本の理念として、「人は健康 樹は健全」「農業者は作物を通じて、人の健康に貢献しなければならない」「安全で栄養価の高い果実は、健全な樹体が自然の恵みを享受することにより生産される」というお考えをお持ちなんです。
その考え方に一目ぼれしました。それから、栽培も経営もお師匠さんについていけば問題ないという思いで今にいたります。かれこれ25年のお付き合いになりました。
みかん農家の1年&1日の流れについて
みかん農家の1年間の流れ
ーー みかん農家さんの1年の流れを教えてください。
早津 冬場は、基本的に土づくりや畑づくり。肥料をあげたり剪定をしたり。それから、もちろん収穫もします。
春になると、草刈りや栄養管理をします。春が一番大切で、芽が出で花が咲く時期なので、みかんを育てるうえで一つの大きなポイントです。
夏になると、潅水や草刈り、防除をして摘果作業も行います。
秋になっていくと、品質を上げていくための品質管理。肥料をあげたり栄養剤を散布したり。それが終わると、収穫になります。
みかん農家の1日の流れ
ーー 次に、1日の流れを教えてください。
早津 季節によって変わってくるんだけども、夏場で早いときは5時起き。普通は6時起きですね。
それから作業をしますが、暑いときは11時で一旦休憩して、また15時ごろから暗くなるまで。夏場だったら19時半くらいまでかな。
冬場はそんなに長く作業ができないので、8時から17時が普通です。ピーク時で忙しい12月なんかは、一人で残って23時まで作業もしますが、それ以外はだいたい遅くても19時くらいかな。
みかん農家の1年間
冬:土づくり、剪定、収穫
春:草刈り、防除、剪定、追肥
夏:草刈り、潅水、防除、摘果、追肥
秋:収穫までの品質管理、追肥、収穫
みかん農家の主な1日(夏場)
5時:起床、朝食、作業開始
11時:昼休憩
15時:作業再開
19時:作業終了
22時:就寝
早津みかん園の特徴と強み
ーー 早津みかん園は7割を通販で販売されているとお聞きしました。
早津 通販を30歳くらいのときに始めて、当時は30軒くらいの宅配から始めたんですよ。
それから20年近く続けているわけですが、それがうちの良かったところですね。
おかげさまで、ご贔屓にしてくださるお客様が口コミで増えていきました。本当にみなさまにに支えていただいております。
オリジナルブランド「おひさまおれんじ」
ーー みかんの品質についてはいかがでしょうか?
早津 うちには、「おひさまおれんじ」という商標を取ったみかんがあるんです。みかんの皮が、かきやトマトみたいにツルツルしている品種です。
そのみかんをみなさまにかわいがっていただきまして、ほぼ全量を通販で購入していただいております。
ーー 「おひさまおれんじ」誕生秘話についてお聞きしたいです。
早津 元々は「盛田温州」という品種なんです。ただ、病気に弱いなど栽培上問題があって、全国的にも極めて生産量が少ない品種。生産量はうちが日本一かな。
そういう極めて稀で少なくなった品種を作ることができたので、ブランド化して販売しました。
そのために、名前を公募したんですよ。お客様からも、「なぜ早津さんのみかんなのにモリタなんですか?」って質問もありましたし(笑)
そしたらたまたま、ネットで拾っていただき、そこからテレビにも拾われて。ダウンタウンの『考えるヒト』という番組に出演しました。
そこから1,700くらいの応募をいただいて、その中から「おひさまおれんじ」という名前が生まれました。
余談ですが、まっちゃん(松本人志さん)も応募してくださって、「バナナでなし」と「ラストオブ盛みかん」だったかなぁ。ハガキで送ってくださって、今でも宝物として取っています。
みかん農家のやりがいとは
みかんの生産を学ぶということ
ーー 素人質問で申し訳ないのですが、栽培方法をきちんと学んだことで、みかんにどのような変化が現れるのでしょうか?
早津 みかんというのはものすごく不思議な生き物なんですよ。奥が深くて器が大きくて。
まず、温州みかんには種がないですよね。当たり前のように感じるけれども、自然界では当然子孫を残すことはできません。
じゃあ、どうやって増やすのかというと、接ぎ木で増やすわけです。この樹たちはいわゆるコピーです。
子孫を残せないという点で、自然界では極めて生命力・立場が弱い。立場が弱いからこそ、人の考え方に大きく左右されるんですね。
ーー 確かに……。ここまではわかります。
早津 日本全国の温州みかんの収量を栽培面積で割っていくと、面積あたりの平均収量が2トンくらいです。
それをプロ中のプロが作ると、、10トンにもなるんです。5倍です。同じ面積でですよ。
例えば、ぶどうやなしなどの落葉果樹は、どんな名人が栽培をしてもその差は20%~30%増し程度と聞いています。
みかんはですね、プロ中のプロが作ると5倍にもなります。こういう作物って僕は他に聞いたことがない。
ーー 作り手の技量でそんなに変わるんですね!
早津 他にも、みかんの葉っぱの寿命は約800日と言って、2年2ヵ月15日と僕らは習うんだけども、葉っぱが「親・子・孫」と3代にわたって生えているわけです。(常緑果樹)
なしやぶどうやかきの場合を考えてみると、冬前には紅葉して葉っぱが落ちるでしょ。(落葉果樹)
みかんは散ることなく800日も葉っぱの寿命がある。ものすごく世界が広くて深い。
今年のみかんは3年前の葉、2年前の葉、そして今年の葉が育てている。つまり、3年前、2年前、今年の天候やそのときの管理がどうだったかというのが、みかんの生育に関係してくるんです。3年単位で考えていかなければならない。
栽培者の考え方や経営方針によって、どんなやり方でも受け入れてしまう。
そういう点が、良いところでもあり難しいところでもある。今になってそう思えています。人の考え方ですごく差が出るんです。そういう作物は他にない。
みかんの樹は人生そのもの
ーー みかん農家としてのやりがいはどこにあるのでしょうか?
早津 先ほども話したように、温州みかんには種もないし根もないんですよね。だから、自然界でも異質な存在なんです。
親子3代の葉っぱが1代になってしまうこともある。人と一緒なんです。栽培方法で寿命が変わるんですよね。葉っぱが少ないと収量も減るし活力も失われます。
普通は孫葉が一人前になるのを見届けて散っていくはずの葉っぱが、急激な環境の変化などによって800日ももたずに散ってしまう。人間もいつ死ぬかわかりませんよね。家族の在り方というものを考えさせられます。
ーー 人生を見届けている感じですね……。
早津 通常、800日の寿命がある葉っぱが、孫の成長を見届けずに散っていくこともある。
同じ地球上の生き物として、人だけが特別なモノでもなくて、結局はお互いに共存共栄しながら生きてきたわけですよね。
そういうことを僕は、師匠やみかんから学んだ。自分の経営や身の振り方についても全てみかんから、自然界から教わってきたと言っても過言ではないです。
ーー 全てはみかんから。本当に深いお言葉です。
早津 それと、みかんは永年作物なんですよ。一つの樹とずーっと付き合えるわけです。
今、うちにあるみかんの樹の中に、最長で60年生のみかんがあります。
みかんのピークは15年から25年と言われますが、それもやり方によっては60年も80年も続けることができる。その不思議さ、面白さ。
人もみかんも一緒で、若い間は元気はあるが環境の変化にぶれやすい。50歳を超えてくると、ぶれにくく品質、収量共に安定してくるが一度弱ると回復力がなくなってしまう。
ーー みかんの樹は人生そのものですね。
早津 決して、育てているという気持ちはなく、逆に「育てられている、色んなことを教えてもらっている」。そんなありがたい存在です。
今ある60年生の樹を100年になるまで。あと40年頑張ると僕は90歳になりますが、100年の大木になるまでお付き合いできればこの上ない幸せだなと思います。
そのためには僕自身も元気にしていないといけないし、それが一番大変なことかなと思っています。
ーー 生涯現役。
早津 その60年生の大木にはいつも元気をもらうし、それが僕にとっての生きがいにもなっています
みかんは上手く付き合えば時間を作れる
ーー ライフスタイル面での魅力はありますか?
早津 やり方次第で、ある程度は時間を作ろうと思えば作れるんですよね。
他の果樹は受粉しないと実にならないし、実がなった後も袋をかぶせないといけない。手間がかかるんです。
みかんはもともと種がないから受粉の必要がない。何のためにあんな華憐な花を咲かせているんだろうと思ってしまう(笑)
なしやぶどうやかきのような落葉果樹は、必ずやらなければいけない作業が多いのですが、みかんはそれが少ないんです。
ーー 受粉の必要がないとは勉強不足でした……。
早津 みかんは『単為結果』という性質を持っていて、花びらが落ちると実が顔を出します。
しっかりと樹を作っておけば、あとは勝手にみかんがやってくれるんですよ。
ーー 勝手にやってくれるということは、まとまった時間を取ることもできるということですね。
早津 そこだけ押さえておけば、時間を作ろうと思えばできるので……。人生の大きな目標だった、ログハウスを建てることもできたわけです。
……そういうオチになるんですよね(笑)
ーー ハハハ(笑)。真面目な話から一転!
早津 師匠からはさんざん怒られましたけどね。そこは若気の至りということで(笑)
後継者問題について
ーー 早津みかん園のホームページを拝見したところ、「農業研修生募集!」という記事がありましたが、太良町全体でみかんの後継者問題の現状を教えてください。
早津 若い人の新規参入はあります。ただ、どんどん減っていって、太良町に限らず、柑橘にも限らず、中山間地農業は携わる人が減っています。どこも一緒でしょう。
20代・30代の就農者は知っているだけで10人くらい。
ーー 就農者は減っている現状があるわけですね。
早津 やっぱり寂しいですよね。年下が減っていくし、畑も荒れていく。
さらに、荒れた畑が増えると動物たちの住処が広くなり、現役農家さんへの鳥獣害も増えてしまいます。悪循環です。
ーー 難しいところです。後継者が減り続けるのは仕方のないことなのでしょうか。
早津 温州みかんの全盛期は日本全国で360万トンと言われています。
それが今や80万トンまで、約4分の1まで減ってきています。全国に比例して当然、太良も減りました。
ただ、それは仕方ない面もあるんです。食文化が変わってみかんが食べられなくなってきた。
それは仕方ないし、減り続けることを止めることはできないでしょう。
でも、地域の豊かな自然環境を維持していくためには、みかんに限らず後継者のお力を借りないと限界にきているというところです。
ーー 後継者問題についてのお考えをお聞かせください。
早津 少しでも農業に興味があるだとか、自然が好きだとか、田舎でのびのびと子育てがしたいとか、自分の半農半Xを実現したいとか、そういう方がいらっしゃったらぜひお力を貸していただきたいです。一緒に学んでいけたら。
僕も師匠からたくさんのことを学んで、その師匠も当然、もう一世代上の師匠から学んで繋げてこられたわけで、僕もできることならつなぎ役になりたいと思っています。
生産者が減っていることはチャンス
ーーピンチをチャンスに変える。
早津 みかんは肝さえ押さえておけば、必ずやらなければならない作業自体は少ないです。だから、人が年をとっても生産可能なんです。
確かにコンテナは重いけど、たくさん作らないようにすればいいじゃないですか。少なく作って朝しか働かないとか。年金にちょっとプラスする程度でいい。
そういう、定年を迎えた方のお力もお借り出来たらいいなと思っています。決して、後継者だけが欲しいわけではないです。
ーー 幅広く、人材を募集されているんですね。
早津 ただ、一つ問題点があって、最近は「無農薬・無肥料」に興味があってこられる方もいらっしゃるんですよ。
温州みかんに限った話ですが、残念ながら、種がない・根がないという特別な生き物なので、そういった無農薬・無肥料での栽培は厳しいというのが現状です。
単年で終わる場合なら可能ですが、徐々に樹の活力がなくなっていく。一度枯れてしまったら、苗木を植えてもとに戻すには10年くらいかかるんです。生産者としても、自分の生活の糧である畑の活力がくたびれている様を見るのは辛いものがあります。
ーー 無農薬・無肥料というのは、昨今の農業で重要視される部分です。
早津 無農薬・無肥料でみかんを作り、未来に渡って繁栄するのは大変難しいこと。
ここは表現が難しいところです。現状、実践されている農家さんもいらっしゃるので断定するのはよくありませんが、うちのやり方では難しいとだけ言っておきます。
そこが一番残念なところであり、苦しいところ・ネックなところでもあります。
今後の展望・夢・目標について
ーー 今後の展望についてお聞かせください。まずは、佐賀県という大きなくくりからお願いします。
早津 先日、佐賀県の『農業士』という名誉な称号をいただきまして、佐賀県全体としても、特に中山間地の疲弊が進まないような取り組みができればいいなと思っています。
第2の人生は太良町で・健康的で豊かな人生を送るための取り組み
ーー 太良町内での展望はいかがでしょうか?
早津 太良町というところは非常に自然が豊かなところです。
海も山もあって、太良町の飲料水は多良岳山系の地下水なんですよ。
ーー 太良町の魅力もたくさんありますね。
早津 それと、時間がゆっくり流れる町でもありますので、「第二の人生は太良町で」という思いもあります。
面白い方がいらっしゃって、50代の方で普段は東京の丸の内で働き、飛行機で月に2回ほど太良町に帰ってきて、実家で農園をされている方がいらっしゃいます。
これっていうのは、働き方改革と繋がると思うんですよね。都会は働くところ、週末は田舎でリフレッシュ。それを実践している方がいらっしゃるんですよね。
だから、例えば福岡市などに向けてそういう発信ができると思うんです。週末は太良でリフレッシュしませんかといった感じで。
ーー 幅広く人を受け入れていきたいという思いが伝わります。
早津 それにはサポートする人が町内に必要なので、例えばみかんなら「太良シトラス会」というみかん農家が集まったグループで全面的にサポートするということができますし。
第二の人生を太良町で過ごすという目線で、そういった方々のお力になれればいいなと考えています。
年金+年間100万円あれば生活は十分にできるでしょうし、稼ぐのもそう難しい数字ではありません。
ぜひ、「健康的で豊かな人生を送るための取り組み」という面でも貢献していけたらいいなと考えています。
全ては健康
ーー 早津さん個人での目標を教えてください。
早津 僕の夢は、先ほども言ったように、今ある60年生の樹を100年生まで見届けたい。そのころは僕も90歳。健康なまま生きていくことが一番大切です。
ーー やはり、全ては健康ですね。
早津 そして、師匠から教えてもらったみかんの楽しさ、面白さ広めることができたら、この上ない幸せだと思います。
そういう人が1人でも出てきてくれたら、みかんへ情熱を注がれた先人たちへの恩返しになるのかなと考えています。
何より、面白いんですよ!もったいないと思うんですよね。
ただの作業ではなく、自然と向き合える。そして長く同じ樹と付き合える。
ーー 最後にひとことお願いします。
早津 自分としては、あと40年ほど頑張れるので、「これぞみかん」と言われるほどのみかん園・みかんを作りたい。これがなによりです。
早津さんの手作りログハウス
今回、インタビュー場所として準備していただいたお洒落なログハウス。なんと、早津さんの手作りなんです!
このたびのインタビューでは触れることができなかったため、一部ですが写真を掲載させていただきます!!
しっかり作りこまれているので、外見からはとても手作りとは思えません。
なんと2階建て!1階にはキッチンやソファーも準備されています。
冬場に大活躍する薪ストーブ。ログハウスの雰囲気と最高にマッチしていますね。
2階で寝ることもできます。壁には過去に泊まられた方のお名前が書いてありました。
ログハウス完成までのアルバムも拝見させていただきました。
この写真を見て感動しました。本当に一から作られていたんですね……!
今後は、トイレやお風呂も設置して、みかん園へ働きに来てくださる人の宿泊所や、町の人との交流施設にしていきたいとのことでした。
早津みかん園|求人情報(住み込みバイト)
早津みかん園では、農業研修生および、冬季住み込みアルバイトを募集しています。
農業研修生についてはこちらのリンク先をご覧ください。(若干名の募集です)
冬季バイトについては以下の通りです。(定員になりしだい終了いたします)
【募集人数】
2〜3名程度(男女)
【期間】
12月は必須。可能であれば11月中旬〜1月中旬まで。柔軟に対応します。
【休日】
週1〜2日。天候次第で変わります。
【時給】
821円〜1000円(要相談)
男性・女性で作業内容が変わるため、賃金も変わってきます。
男性の場合は収穫コンテナを運ぶ作業あり。
【宿泊施設】
早津みかん園のログハウス。トイレやお風呂は時期までに改装予定。
男女問わずの集団生活になります。(カーテンの設置あり)
【仕事内容】
収穫、選別、箱詰め、袋詰、出荷作業。
場合によっては、防鳥対策の網張り、撤収作業など。
特に、カップルや夫婦でお仕事を探されている方にはもってこいな求人でしょう!!
よく見かける和歌山や愛媛など大きな産地の求人と違い、ログハウスに住むことができますし、望めば地元の方との交流も可能です。
今後、何をしたいか決まっていないという方も、もしかすると色々な方と出会う中で何か見つかるかもしれません。
とにかく柔軟に対応してくださるので、興味のある方は管理人(末次)までこちらのページよりお気軽にご連絡ください!
※例年募集しておりますので、ご相談ください。コロナの件もございますが、今のところ2019年と同じ条件で考えております!
早津みかん園代表・早津昌俊
早津 昌俊(はやつ まさとし)
1970年6月生まれ。佐賀県藤津郡太良町出身。
先代よりみかん農家を引き継ぎ、28年目。みかん園は自体は創立60年を経過している。
オリジナルブランド「おひさまおれんじ」や無添加100%のみかんジュースを自社販売。全国に多くのファンを持つ。
太良町のみかん農家が集うコミュニティー「太良シトラス会」では会長を務め、2019年には佐賀県農業士にも認定された。
今後もみかんと共に人生を歩みながら、太良町・佐賀県・かんきつ農家の発展に貢献していく。
WEBサイト:http://www.882mikan.com/
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他のインタビュー記事は以下より!
≫【福賀すいか生産者・梅田将成】生き方に出会いなおせる町を目指して
≫山口萩のお好み焼き屋『萩侍』SAMURAIが作る広島の味